マクロスDELTA 感想文

 今作はなんだか雑というか、製作の上で何を元ネタとして持ってきて繋ぎ合わせたのかが見えるようなものだった。全26話では尺が短すぎたのかもしれず、とりあえず乱雑に積み上げ組み上げた装置は、最後の「好きい~~」とかいう叫びで御破算となった。「全人類を一つの知性体にする」ために構築されたという装置がそんな一声で突破されるのはよくわからないが、他に手を思いつかなかったということだろうか。ワルキューレの歌声が美雲さんの稼動を中断させたというほうがそれらしかったのではないか。結局どうしても最後に主人公とフレイアをくっつけようとすると、ああいう展開にならざるをえないのか。それからワルキューレというネーミングも、雑だなあと感じる一因であった。電話の呼び出し音が「プルルルル」なのも気になった。

 ウィンダミア人の設定については、単に体が緑色だったりでかかったりするところから進歩したようだ。寿命が肉体的に30年程度であるというのは納得できるとして、それを表現するのに皮膚が白くなる(時には瞬時に)ようにしたり、「ルンが尽きる」とかいう台詞を考案したのはなるほどと思った。りんご農園主から騎士になったおじさんと敵地で座って駄弁るシーンもあった。ウィンダミア人が地球人よりも身体能力も知性も優れているということだったが、それが発揮されるシーンが皆無だったのは残念であった。彼等に自分で言わせておくだけではなく何か力の差を見せ付けるような出来事を挿入して、たとえば飛行機から降りたら全く敵わないのか、それとも差があるといってもそれほどではないのか、などが判ればよかった。ウィンダミアはりんごの産地らしく、また戦闘機の色合いがはやぶさ(青森新幹線)であった。

 メッサー君とその挿話はよかったように思えるが、進行上、いつまでも先輩が居ると主人公の邪魔になるという理由で消されてしまった(メッサー君はアニメの主人公向きではない)し、後で使いやすいように撃墜までされてしまった。それで後半はカナメさんがメッサー君の腕輪を凝っと見るだけでも大きな表現力をもつということになった、療養所に送られた場合よりもそれは大きい。

 メッサー君にしてもそうなのだが、今作ではやたらと、衝突と和解が繰り返されていたような気がする。衝突と和解というのは『高慢と偏見』システムで、実際問題としてこれは確かに簡単である。しかし私たちは既に衝突を欠いている、あるいは衝突は最初で最後のこととしてある、つまり最初にあるのが衝突でも摩擦でもないのである。キャラクター自身の変化、成長というより変革はここにはなく、また組織の裡にあるかぎりそれは極めて稀な事象である。だから言ってしまえば、この戦役を終えて主人公は主人公の父親の後をほとんど完全に辿ることになるだけだ。今作はかれのいわば「青春の一コマ」にすぎない、そこに新しい意味は何もない。それよりはロイドの野望のほうが面白味があるし新しいものだと言えよう、ヒロインを初めとして主要登場人物たちはその件について一度も考えたことはなかったのかもしれない。教訓があるとすれば、ロイドには「想定外」が多すぎたということだ。かれは遺物を単にそのまま復活させただけであった。そして歌い手たちは同じ歌を繰り返していた。

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